わかりやすい沖縄基地問題

もっと知っておきたい沖縄のこと

米陸軍北部演習地「奥訓練場」

多くの人は「米軍基地に反対する人たちは金を貰ってる」「反対派は何にでも反対する」などと、途方もない数のプロパガンダ、デマを信じるが、声をあげなければ、沖縄に住むところもなければ、生きることすらできなかった、という戦後の歴史を、しっかりと知っておかなければならない。

 

米軍は沖縄戦とその後の占領統治のなかで沖縄島に200を超える軍事施設を建設した。沖縄戦では、民間人が住むことを許された土地 (民間人収容所地区) は沖縄島のわずか10%の土地に制限され、テントすらない収容所では、茅やら柴やらで日陰をつくった。

 

そこから沖縄の戦後が始まった。ひとつひとつ、声をあげ、土地と家と生活を取り戻していく過程が、沖縄の歴史である。

 

しかし、自分の目の前ばかり見ていれば、自分が観光で訪れる場所、自分が毎日通る場所、あるいは自分が住む場所ですらが、かつて先人によって取り戻された米軍基地だったことも知らぬまま、恩知らずにもプロパガンダにすっかり地ならしされて、「反基地運動は~」などとぬかしてしまうのである。

 

沖縄戦ばかりではなく、私たちは戦後の沖縄の歴史をもっと知っていくことが必要なのだ。

 

今回は、ほとんど語られることのない北部の米陸軍北部訓練場「奥訓練場」にスポットを当てていきたい。1971年に返還された基地であるが、ほとんど詳しい資料が見当たらない基地の一つである。それでは困る、のでとりあえず、メモとして。

奥訓練場 (Oku Training Area)

f:id:ospreyfuanclub:20210818190824p:plain

 

あまりに大雑把な沖縄総合事務局の地図。

f:id:ospreyfuanclub:20210818190935j:plain

内閣府 沖縄総合事務局 やんばる国道物語:やんばるロードネット_北部国道事務所

 

1971年6月30日に返還 (List C)

北部訓練場は米海兵隊管轄だが、奥訓練場は米陸軍管轄だった。

このうち陸軍北部演習地は「奥訓練場」と呼ばれた訓練場だったが、1971年6月30日琉球政府へ解放された(林野庁林政課、1975:23)。

森啓輔「米施政権下における北部訓練場の軍事的土地利用はいかになされたか」沖縄文化研究45 (2018) p. 424. PDF

 

リスト C

Reversion to Japan of the Ryukyu and Daito Islands (origianal PDF)「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」の了承覚書には、List C (C表) として奥訓練場の名前がリストされている。

C表 … アメリカ合衆国政府が現に使用している設備及び用地で,沖縄の復帰の際又はその全部又は一部が使用を解除されるものには,次のものを含む・・・

7 奥訓練場

5.了解覚書

 

地域別の跡地利用状況

(1961年から2002年までの) 北部地域の返還面積は7,749.6ヘクタールで、全返還面積の65.3%を占めている。 北部地域における返還面積の47.4%が保全地として利用され、次いで公共事業による整備・利用が23.5%となっている。 北部地域は、山林が約7割を占め、沖縄本島随一の森林地帯として、県土保全、水源涵養等の機能を果たすとともに、動植物の貴重種の生息地や水資源の供給地として重要な役割を担っている。
そのため、保全地として利用されている跡地の96.3%を北部地域が占めており、そのほとんどは訓練場跡地(奥訓練場、北部訓練場、川田訓練場等)である。
公共事業については、農業基盤整備事業や水資源の開発、道路整備等の大規模な事業を中心に進められており、与世渡原畜産団地(奥訓練場)伊江島西部畑地土地改良事業伊江島補助飛行場)、福地ダム(川田訓練場)、沖縄自動車道(キャンプ・ハンセン)等がある。また、通信施設等の公共的利用として、海上保安庁ロランC局(慶佐次通信所)がある。

沖縄県「駐留軍用地跡地利用の現状」PDF

 

奥訓練場の総面積 3896 ヘクタール

米陸軍の奥訓練場は 3895.9 ha を占有していた。

返還

1970年 S45.2.15 - 36,000㎡ 返還

1970年 S46.6.30 - 38,923,000 返還

合計 38,959,000㎡

返還跡地利用状況 (単位:千㎡)

  1. 伊江林道開発事業 24 
  2. 楚洲林道開発事業 4
  3. 宜名真ダム 75
  4. 西銘岳特別保全地区 790
  5. 奥世皮原跡地畜産団地 1,040
  6. 天然林改良事業 4,348
  7. 人口造林事業 1,053
  8. 奥山地区農地開発事業 430
  9. 奥2号林道開発事業 22
  10. 奥団体営畑地灌漑事業 160
  11. 宇嘉農地開発事業250

沖縄県「市町村別・施設別返還跡地利用状況」PDF

 

沖縄県公文書館 - 奥訓練場については特に記載なし

琉球政府時代の国頭
米軍は、占領当初、奄美宮古八重山にそれぞれ民政府(次いで群島政府)を創設しましたが、やがて琉球全体の中央政府が望ましいと考えるようになりました。1952年(昭和27)4月1日、司法・立法・行政の権能を有する琉球政府が発足しましたが、その権能は米軍の完全なコントロールにありました。

1950年代

16-4. 奥 集落

f:id:ospreyfuanclub:20210819035542p:plain

6-3. 奥 子供ら

f:id:ospreyfuanclub:20210819040146p:plain

国頭村移動展 – 沖縄県公文書館

 

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■