FAC6051 普天間飛行場 (Futenma Airfield) ~ 「世界で最も危険な基地」
普天間飛行場 (Futenma Airfield) とは
世界で最も危険な基地、といえば・・・
沖縄の、普天間基地。
そうブッシュ政権の強硬派として知られる国務長官ドナルド・ラムズフェルドも認めた、その普天間基地の危険性。
情報音痴のネトウヨ「百田尚樹」は、自民党の若手の勉強会でも「「もともと田んぼの中にあり周りは何もなかった」などと偽情報の拡散に懸命であるが、歴史を知っておれば、このようなことに惑わされることもない。
「もともと田んぼのなか」ではない。沖縄戦のまっただなか、宜野湾野の里はひき潰され、沖縄人も、日本兵も、まるで赤子の手をひねるように斃れ死んでいった最中に建設されたのだ。生き残った者たちは民間人収容所か捕虜収容所に収容され、ほとんどの土地が米軍の占領地となっていた。
1945年6月15日 - 普天間飛行場の建設開始
1945年6月15日、米軍は重爆撃機B-29スーパーフォートレス用の飛行場として、沖縄戦のただなかに普天間飛行場の建設を開始した。住民は日本軍が始めた戦争で南部に追いつめられ戦場の真っただ中で殺されるか、米軍の民間人収容所に強制収容されているかの時期である。
【訳】普天間のB-29スーパーフォートレス用滑走路の南に位置する石灰岩の丘は、進入路を作るために取り除かれた。その石灰岩は滑走路、誘導路、駐機場の表面仕上げに使われる。写真は、TNT火薬を用いて採石場から取り出した石灰岩をトラックに積むロレイン・ショベル。細かいものは基盤と表面に、玉石は溝を埋めるのに使う。第806工兵航空大隊が、この7500フィート(約2286m)の滑走路建設に着手したのは、1945年6月15日で、完成は9月1日の予定。
6月撮影の写真では、まだ普天間の松並木や住居らしき面影が整地用重機の向こうに見える。
Bulldozer pushing a turnapull to scrape load for another turnapull at Futema airfield.【訳】普天間飛行場で他のターンナプル(整地用重機)のために、ターンナプルを押して地ならしをするブルドーザー。普天間 (6月)
B-29スーパーフォートレス用滑走路の建設
… 沖縄は、日本本土への最終攻撃のための広大な空軍、海軍、地上軍の基地となることが期待されていた。上陸直後、GHQ 太平洋陸軍 (AFPAC) の主任技術者が偵察を行い、すでに予定されていた大規模な飛行場建設計画に、超重爆撃機の基地を追加することを提案した。全部で26の航空工兵大隊が降伏前に沖縄に到着し、陸軍建設部隊と海軍建設大隊とともにAFPACの指揮の下で任務に就いた。… 沖縄に到着すると、経験豊富な航空技術者の多くは、まず快適なキャンプを慎重に確保し、飛行場建設に備えて整地を開始し、採石場を開き、アスファルト工場を設置した。7月に始まり、戦争が終わる頃には沖縄は恐るべき基地へと変貌しつつあった。
Army Air Forces in WWII: Volume VII: Services Around the World [Chapter 10]
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